立ち寄りワイナリー
それぞれのツアーごとに立ち寄るワイナリーとその数は多少異なります。中にはお客様のリクエストにお答えできるツアーもございます。私どものツアーで訪れるワインカントリーは、大小問わず新しいワイナリーから50年もの歴史のあるワイナリーまでさまざまです。カルフォルニ州のワインカントリーはカリフォルニア州全土に渡っており、上等なワイナリーのいくつかは日帰り観光のできる範囲外にある場合があります。私どもはフレンドリーで、良いプレゼンテーションがあることに加え、すばらしい景色、興味深い歴史をもつなど、近場で上等なワイン造るワイナリーをリストアップしております。このワイナリーのリストは、新しく良いワイナリーが見つかったり、スタッフや経営方針の変化に伴い随時変更しております。1つのツアーでリストすべてのワイナリーを訪れることはできませんのであらかじめご了承ください。通常3つのワイナリーを訪れます。
カリフォルニアワイナリーのリストは こちらです。
ゴールデンブリッジ
ワインカントリーツアーでは、世界でも有名な観光名所のひとつでもあるゴールデンゲートブリッジを渡ります。とっておきのビューポイントから鑑賞するゴールデンゲートブリッジとサンフランシスコの街の絶景をぜひ写真に収めてください。
ソノマカントリーとバレー
ソノマ郡は、カリフォルニアの最高峰のワイン生産地のひとつです。人気のナパバレー(東へ8㎞~16㎞)と比較しても未ださほど観光客に知られていないワイナリーがあります。ソノマバレーの名は、ミウォク・インディアンから由来していると言われています。ミウォク・インディアンがソノマバレーとマヤカマス山脈を通り抜けるとき月は7回昇ると言い「多数の月」の谷と名づけました。1850年代、ソノマバレーの住人は、輸入されたワインの木の病気の問題を本来の地下茎に接ぎ木するによって解決しました。またハンガリーから移民したアゴストン・ハラジーがワイン製造に適した巨大さやを開発したことによって、ソノマは巨大な新しいワイン産業の中心地となりました。よってソノマはサンフランシスコの地元の人々から世界中の観光客にとって人気の観光地となりました。
現在、より有名な観光地のナパバレーのお隣に位置するソノマバレーは、約50年間未開拓奥地でした。両バレーとも1906年大地震に引き続き1919年~1933年の禁酒法、さらに1970年代に突入すると世界大恐慌(ナパバレー参照)が影響し「ゴーストタウン」となりました。国定歴史的名所に指定され、ソノマプラザとソノマミッション(1823年)はこの有名なワイン生産地域の中心部にあります。ソノマバレーは、同じく有名なヒールスバーグ、アレキサンダー・バレー、ロシアンリバー、その他よく知られるアペレーションを含むソノマ郡に位置しています。

ソノマ兵舎もしくは要塞
当初、海岸線を南下してきたロシアの侵入を監視するために、メキシコの在外基地として建設されました。しかし、1846年の米墨戦争を予期したアメリカの開拓者達によって奪われました。そしてソノマは、「Bear Flag Revolt」と言う革命運動で一時的に「カリフォルニア共和国」の首都となりました。その後、U.S.軍が到着し「共和国」が解散されました。反乱の影響は旗のデザインとして残されています。1848年の金鉱発見と、ソノマからモントレー、東部からシエラ山脈までの新しい領域を侵略した大勢の富豪ハンターとともに、歴史は急激に変わりました。人口の増加に伴い州への請願書が出されました。そしてクマの旗が採用され、サクラメントを首都とし宣言されました。しかし、そんなカリフォルニアの 「誕生」はソノマをセンチメンタルにしたのでした。

ソノマワインツアー








